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#009

2021.11.30

同じ病気を抱える人たちが情報交換を行い、
悩み相談もできるコミュニティサイトを作りました。

商学部 商学科 4年大野 美羽 さん

「脳脊髄液減少症(のうせきずいえきげんしょうしょう)」という病名を聞いたことがある人は少ないのではないでしょうか。高校生の時にこの難病を発症し、「この先どうなってしまうのだろう」と泣きはらした経験を持つのが本学商学部商学科に在籍している大野美羽さんです。「同じ病気を抱える人が少しでも前を向くきっかけになれば」と考え、患者同士が交流するコミュニティサイトを立ち上げた大野さんにインタビューしました。(下の二次元バーコードから、コミュニティサイトへリンクしています。)

うれしかったのは同じように悩んでいた方が「心が楽になった」と言ってくれたこと。

私がこのWEBサイトを立ち上げようと考えたのは「脳脊髄液減少症」の情報を集めようと思っても参考になるサイトが少なかったためです。この病気を専門とする医師の方は全国でも少なく、病院や医師の方のWEBサイトは専門的で一般の患者にわかりやすく紹介されているものがありませんでした。病気のことがわからないと不安になるのは患者の心境として当然のこと。「脳脊髄液減少症」のようにあまり聞かない病気の場合はなおさらです。また「こういう治療をして今はこういう状態です」など、一般の方が発信している情報もあまりありませんでした。
私のように情報が欲しいと考えている人、同じ病気を抱える人が周りにおらず、相談したくてもできなくてつらい思いをしている人が他にもいるかもしれない。そう考えて情報共有できるWEBサイトを作ることにしました。
また、このWEBサイトで特に気をつけた点として、興味本位の書き込みを防ぐため、誰もが見られるものではなく会員制にしました。現在は150人以上の方が登録してくださっており、囲われた環境の中で安心して「この病院のこの先生がこんな治療をしてくれたよ」など、具体的な情報をやり取りしています。
悩み相談ができることもこのWEBサイトの特徴です。病気の当事者である私が一個人として運営するWEBサイトなので皆さん臆することなく本音で語り合っています。「相談できる場所があるだけで心が楽になりました」という言葉などうれしいコメントをいただき、私もやり甲斐を感じています。
実際に制作に取り掛かったのは2021年の2月末のこと。体調が悪い時期だったため、全く作業できない日が続いたり、作業ができても長時間は無理だったりしてなかなか進まず、実際に開設できたのは5月1日でした。大変な毎日でしたが苦労が多かった分、充実感も味わえました。

周りに相談したくてもできず、孤独な思いをしたことがWEBサイトを立ち上げるきっかけになりました。

部屋に閉じこもって耐えるだけの毎日を過ごしたつらい経験。

私が「脳脊髄液減少症」を発症したのは高校1年生の時でした。体育祭の準備のため、学校に残ってクラスメイトとクラス看板を制作をしていたところ、立てかけておいた枠組みの角材が倒れてきて後頭部に当たりました。当日はこぶができ、打撲を負った程度の痛みでしたが、翌々日になるとひどい頭痛と吐き気をもよおし、起き上がることさえできない状態に。近所の脳神経外科では打撲と診断されましたが、痛みが続くため何度も通いました。しかし症状は改善しません。その後いくつか病院を転々とし、「脳脊髄液減少症」と診断されたのは事故から約5カ月後のことでした。
脳は頭蓋骨の中で「脳脊髄液」という液体に満たされ、浮いた状態が保たれています。身体になんらかの衝撃が加わると、脳と脊髄を覆う硬膜が損傷してそこから脳脊髄液が漏れ出し、浮いているはずの脳の位置が下がり、神経を圧迫します。そうなると頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、倦怠感など、さまざまな症状が現れます。人によっては光や音に過敏に反応するようになるケースもあり、日常生活を送ることが困難になるほどです。私も起き上がっていると症状が出やすくひどくなるため、部屋を真っ暗にして横になっているだけの日々を過ごしました。このWEBサイトを作ったのは私のその経験を知ってもらい、つらさを共有することで、「苦しんでいるのは一人だけじゃないよ」と伝えたいためです。

「脳脊髄液減少症」に関するコミュニティサイトは他には存在しないのではと考えています。

WEBサイトでの活動と並行し、この病気の啓発活動も行っていきます。

「脳脊髄液減少症」は症状に個人差があり、私のようにこの病気となかなか診断されないグレーゾーンの患者さんもいますし、病状が悪化したり改善したりを繰り返すこともあります。一番効果的だと言われているのが硬膜の外側に自分の血液を注射し、血液が固まる性質を利用して脳脊髄液の漏れを止める「ブラッドパッチ」という治療方法です。ただ、それでも完治するとは限りません。私も高校生の時にブラッドパッチを受けて回復し、この大学に進学しましたが、再び症状が悪化し、最近になって2回目のブラッドパッチを受けました。現在は症状が安定していますが、依然として不安な毎日を送っています。
私と同じような悩みを持つ方々をはじめ、より多くの人にこのWEBサイトの存在を知って欲しい。そう考えてリーフレットを制作し、公的な施設に自分でアポイントを取ってリーフレットを置いていただく活動をしています。また、「脳脊髄液減少症」の認知度を向上させるため、外に向けて情報発信する活動も行っていく予定です。
先日、同じ病気を抱える方と実際に会う機会がありました。私たちの病気は見た目で判断できないため、つらくて電車の優先席に座っていると「若いのにどうして座っているんだ」と白い目で見られることがあります。また、出掛けている先で体調が悪くなるかもしれないと考えると、人と会う約束をすること自体がこわくなります。その人と話した時、「こういう風に理解されたい」など、WEBサイトだけでは共有できなかった気持ちについて話し合うことができました。患者さん同士の心の交流をさらに深めるため、また、この病気の啓発活動として講演会を開いていきたいと考えています。

マンガを使ってわかりやすく紹介する若い人向けと、より詳細に解説する一般向け、2種類のリーフレットを制作しました。

行動すれば必ず結果が出ることを身をもって知りました。

私は商業高校で商学や経済学を学びました。その頃の夢は商業と情報を教える高校教師になること。さらに専門的な知識を身につけたい。教職課程も履修したい。司書の資格も取得したい。そう考えてこの大学の商学部に進学しました。
Webサイトは情報収集からサイト設計、デザイン、欲しい機能のプログラミングまで、先生の助言を受けながら全てを私一人で手掛けましたが、その際に学部で学んだWEBデザインやプログラミングの技術、WEBサイトを作った経験が役立ちました。
制作時に心掛けたのは「自己満足にならないように」ということです。自分一人で全てを手掛けるため、デザインや機能は自分本位になりがちです。しかし私がすべきは「交流するための場所を提供する」ということ。周りに同じ病気で悩む人がいないため、同じ病気の人に欲しい機能をSNSで聞いて情報収集できたのもマーケティング専攻で学んでいる経験が活きていると思います。
リーフレットを制作した際は地元の印刷会社さん数社に出向いて話を聞いていただき、それぞれ見積もりを取り、印刷をお願いしました。今後はこの活動用の私の名刺やポスターなども制作していく予定です。
こういった活動を通じて積極性、行動力、計画性が身につき、コミュニケーション能力も向上したと思います。高校生の頃から起業にも興味を持っていました。もちろんこの活動を大きくしていきたい気持ちも強く持っています。大学で学んだことをそれらに活かしていきたいです。

自己満足にならず、常に患者さんやご家族の方々のことを最優先に考えて制作しました。

潜在的な患者さんも含めて、様々な悩みを抱える皆さんの心の負担を減らしていきたいです。

これからも愛知学院大学のホットなトピックスを配信して行きます。
お楽しみに!
また今後、取り上げてほしいテーマなどありましたら、
リクエストください。

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